物書きの物置き

物書きなので、物語を書いて並べます。

幽霊

 ぼくは小学生の頃、一人で家にいられない子供だった。学校から帰り家に誰もいないと、玄関先で誰かの帰りを待った。一人で家にいると、電気のついていない部屋や物陰の暗闇から得体の知れない者たちが出てきて異世界に連れ去られてしまう気がしていたのだ。親や兄弟がいるときは、彼らが鳴りを潜めているのだと思っていた。

 だから実家は全体的に苦手だったが、1カ所どうしても入りたくない部屋があった。そこは洗濯物を干す部屋で、入るとそこだけ世界から隔絶されたような静かさがあり、もう二度と部屋を出られないのではないかという不安に襲われるので入りたくなかった。入るときは入り口のドアが閉じないように固定し、歌を歌いながら用事を済ませて素早く出た。いつもあそこで洗濯物を干している母親は正気かと、信じられない思いだった。今になって考えるとあの部屋には、誰にも吐き出せない母親の怨念が充満していたのかもしれない。そしてある日、ぼくは幽霊らしき者と洗濯物部屋で遭遇した。

 日曜日の夕方だった。その日は兄と、庭から2階のベランダにバドミントンの羽根を打ち上げて遊んでいた。ぼくは洗濯物部屋のそばのベランダで羽根を拾って返す役をしていた。役を代わるタイミングで、ぼくは洗濯物部屋を通り外に出ようとした。すると押入れから「遊ぼう」という声がした。少し高い声だった。ぼくはあまりの恐怖に兄を呼び、その後2年は洗濯物部屋を避けて過ごした。