物書きの物置き

物書きなので、物語を書いて並べます。

刃物

 フィリピンに留学していた頃、自分についてプレゼンする授業で質問されたことがある。「あなたの現在、過去、未来を表す”モノ”を、それぞれ3つ教えてください。」ぼくは確か、こう答えた。「現在は時計、未来は彼女、そして過去はナイフだ。」曰く、「大学に行き、フィリピンにいられる今があるのは、いつも腕にある時計をくれた親のおかげ。これは物ではないが、ぼくの目の前を覆っていた暗闇は、彼女のおかげで開けた。昔は何かを殺したくて、ナイフを肌身離さずもっている少年だったのだ」と。

 記憶を辿れば、小学1年生の頃にカッターナイフを持ち歩くようになった。いつも学ランのポケットに入れていて、チキチキと手で弄ぶのが好きだった。しばらくすると袖に入れるようになり、自分を傷つけようとする人間に突きつけた。言葉で気持ちを表現できないぼくにとって、近づくなという意思表示だった。中学に上がると、万能ナイフを持つようになった。便利さを具現化したような仕様が好きで、油で磨いてよく愛でていた。しばらくすると、先輩からもらったポケットナイフに持ち替えた。

 大学に入ってからもカッターナイフはいつもカバンに入れていた。ぼくにとっては精神を安定させてくれるものだった。相棒のようにも思えるほどの愛着があった。だが、今はもうない。ぼくが彼を必要としなくなったのだと思う。もしくは那覇空港の保安検査場で眠っている。