物書きの物置き

物書きなので、物語を書いて並べます。

敬意

 世に言う”美人”というのが、大衆心理のような気がしてならない。世にはたくさんの顔つきの女性がいるが、それをブスと美人と普通に振り分けているのは何か。古代より人間の容姿についての表現や言及がされていることを省みると、それは本能によるものなのかもしれない。より良い遺伝子を残すために外見を重視するのは哺乳類として当然の行為なのかもしれない。それが自然の摂理と言われればそうなのだろう。だがぼくには、ある種の思考操作というか、数の原理によって美人像のようなものが作られているような気がするのだ。

 自分が可愛いと思った女性に可愛いと言えない世界に意味なんてあるのか。外見を否定されることの悲しみを慮ったことがあるか。何か大きな顔面偏差値的なものに意見を合わせて自分の好みをなかったものにするのは不幸ではないかと、ぼくは思う。

 この世にブサイクなど存在しないのだ。あるのはただ、その外見を可愛いと思えない自分。だからこそ常に、その外見と内面からどれだけ美点を見て取れるか、どこがどう可愛いのか、どんな瞬間に美しく見えるのか、すべての女性に対してその態度をもって接している。そしてすべての女性に対して「可愛い」「美しい」「麗しい」「素敵だ」と言える自分でありたいのだ。それは女性という存在に対する敬意であり、そこにいるだけで幸せをくれる存在への恩返しである。そうした迎合をもって、世界が平和になればいいと思う。