物書きの物置き

物書きなので、物語を書いて並べます。

「学校を卒業した先に、生きたい人生はあるのか?」

この問いに対するぼくの答えは、NOだ。

 

自分で決めて入った学部だけど、地理の勉強をした先に、ぼくの生きたい人生はない。

 

ここで習った何かしらの知識は役に立つかもしれないが、ぼくは今この瞬間に自分のレベルを上げてくれる経験をしたい。

 

そこから得られる知識がほしいのだ。

 

学校が与えてくれる知識はぼくを生かしてはくれないが、自分で取りに行った知識は、お金になってぼくのお腹を満たしてくれる。

 

それをここ最近、実感している。

 

結局大体の人が、「学校に行っておけば人生なんとかなる」という幻想に身を委ねて、自分の人生の舵取りを他人任せにしているのではないだろうか。

 

もちろん、自分で考えて行動している人も多くいるし、ぼくはその人たちを尊敬している。

 

自分の頭で考えて行動することのしんどさをぼくは曲がりなりにも知っているからだ。

 

そのしんどさの対価が、自由な人生、好きなことをやれる人生だと、ぼくは思っている。

 

今ぼくが学校に通っているのは、親への義理だ。

 

「大学に行かせる」という目的のもとで多額のお金を使ってもらったので、そのお金を無駄にしないためだけに、ぼくは学校にいる。

 

だけど、大学に通って、学歴を得る以上の見返りが学校以外のところで得られれば、親を説得して辞めるつもりだ。

 

だから正直、わざわざお金を払って、全員でちょっといいホテルに泊まって、協力して調査をするという学年別の研修なんて行きたくはない。

 

その研修に行かなければ単位がもらえないなんて、バカにしているのか。

 

したい調査があるなら勝手に行くのに、形式だけの調査をさせられて、その時間に何の意味があるのだろうか。

 

なぜ、大して興味もないことにお金をかけなければならない状況に、いなければならないのか。

 

大学側も、興味がない学生になんか適当に単位を渡して卒業させればよいのではないか。

 

入学させた以上、最低限の学力を身につけさせる必要はあるのかもしれないが、せめてもう少し転学しやすい環境を作ってはもらえないだろうか。

 

もとをたどれば大学に"入ってしまった"ぼくが悪いので、うまい逃げ道を探すしかないが、

同時に、「それ以外の選択肢を与えてくれなかった環境」を壊していきたい。