又吉直樹著『第2図書係補佐』を読んで④
今回は、『杳子(『杳子・妻隠』より)』の内容について。
この本は、山中の深い谷底で出会った"彼"と"杳子"の物語らしい。
「心に闇を持つとの愛を柔らかく綴った切ない小説」だと、又吉さんは紹介している。
『杳子』を紹介するにあたって又吉さんは、自分の思っていることを出すことへの恐怖と、誰かに理解されたい焦燥の間で苦しんでいた時期の話を書いた。
20代前半の頃、誰ともしゃべらず、そんな日が続くと誰かとしゃべりたくなって外に出る。そこでよく職質されるが、対応する警官とうまく話すことができない。そんな"ダメな"時期が、彼にはあったという。
ある日、いつもと同じように道を歩いていた時、彼は木の実が落ちる瞬間を見た。夏なのに木の実が落ちたということに驚いた。
生きている実感が薄くなっていたときに、心にちょっとした感動を与えた出来事を味わうように、落ちた木の実を少しの間眺めていた。
すると同じように、落ちた木の実を眺めている女性を見つけた。
彼は女性に話しかけた。
「明日、遊べますか?」
人と話さなくなって久しい彼は、何と話しかけるべきかわからなかったのだ。
しかし、自分の感じた思いに共感してくれそうな女性と、なんとか話したかったのだと思う。
その後 彼と女性は、一緒に過ごすようになった。
自分を出さないように出さないようにとして疲れた彼を、彼女は癒した。
けれどこの物語は、ハッピーエンドにはならない。
どこまでもリアルだ。
彼女と過ごすうちに元気になった彼とは対照的に、彼女は、日を追うごとに無口になった。
とうとう都会での生活に疲れた彼女は、田舎で静かに暮らしているという。
その話の最後、彼は、彼女との思い出を、こう書いている。
その人には日常的に本を読む習慣がなかったが、僕が大好きな作家の本だと説明し『杳子』を貸した。「私は馬鹿だから何も解らないけど、あなたが、この本を好きなのは凄く解る」とその人は言っていた。
たぶん彼女は、杳子のなかに又吉さんの姿を見たのだと思う。
杳子の登場人物たちが過ごした日々、抱いた感情は、又吉さんも持っていたものなのではないかと。
杳子の中に、又吉さんが20代の前半に経験した物語に似た話があったのではないかと思ってしまうのだ。