今のうちにチャレンジしとこう

将来をより良く生きるため、いろんなチャレンジをしていきます。

『敏感すぎる自分が7日間で自己肯定感をあげる』①

こんばんは。松田です。

先日TSUTAYAに行きまして、『敏感すぎるあなたが7日間で自己肯定感をあげる方法』という本を買いました。

 

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これは、予約が3ヶ月先まで埋まっているような心理カウンセラーの根本裕幸さんという方が書かれた本です。

根本さんが学び、クライアントに実践し、改善してきた約20年間分のノウハウが載っているんだそう。

 

TSUTAYAでパラパラ立ち読みしていると、びびっときたので買いました。

ぼくはよく、自己肯定感が低いと感じるし、他人から「周りの顔を見過ぎ」「他人の表情に敏感なんだね」と言われ続けてきまして、

自分でも人目をすごく気にしてると思います。

 

だからこそ思い切ったことができないし、真面目な性格に見せかけた つまらない人間になってるなと思うんです。

 

でも、そんな自分は嫌だし、自分の好きに生きていたい。

 

そこでまずは、自己肯定感を高める必要があると思いました。

 

自分で自分を信じられれば、問題ないと言ってあげられれば、他人の顔を見る必要はないですからね。

 

そんなわけで、根本さんのレッスンを受けていきましょう。

 

7日間に渡るレッスンの1日目は、「今の自分に意識を向ける」です。

 

他人の顔を伺ってる自分、嫌われないようにどうしようか考えてる自分、自分を責めてる自分、自分にダメ出ししてる自分を、ただ見つめるんだそうです。

 

というわけで、寝て起きて今日一日やってみます。

 

その結果や、考えたこと、感じたことを、夜にまた書きますね!

 

それでは!

本を買いました

こんばんは。松田です。

今はとにかく継続することを目標にしているので、短めに日記をば。

今日は本を2冊買いました。

ずっとほしかった『「自分」を仕事にする生き方』はあちゅうさん著と、勢いで買った『7日間で自己肯定感を上げる方法』です。

自己肯定の本を目の前に置いてたら3人くらいから「自己肯定感(笑)」とか言われたけど、気にしてないから!!

そんなわけで、この2冊も実践しながらブログの記事にしていきます!

全然言ったことできてなくてベーカリー的にはアウトなのでがんばります!

ひとまず、寝るまでに1更新は継続2日目!

今年は継続力をつけていきます!

がんばるぞ!

なりたい自分になってみよう①

こんにちは。松田です。

最近、自分が怠惰になっているのをひしひしと感じている松田です。

なんだか、別に死にたいわけではないですが、そんなに「生きたいっっ!!!」というわけでもないという、なにかにつけてめんどくさいなと思ってしまう人間になってしまったのです。

このままじゃいかんなと。

このままじゃ適当に時間が過ぎて、適当な人生になってしまう。

そんな焦りが自分のなかにあります。

 

だからこれから、いろんな本を参考にしながら、自分がなりたい自分になるために毎日努力をしていきます。

 

その第一歩として選んだのが、この本。

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はぁちゅうさんの『なりたい”自分”を自分にしちゃえ!!』です。

 

この本を選んだのは、「今の自分に生きる気力がないのは、望む目標がないから」だと思うのです。

そこで、自分が望む自分を求める状況を作ること、それを追いかけることで、生きる気力になるのではと。

 

この本は、はぁちゅうさんが「はぁちゅう」というキャラをいかに作ったか、その過程をわかりやすく伝えている本なのです。

そこで、この本で紹介されているステップを踏みながらやっていこうと思います。

 

ステップ①「なりたい自分について考えよう」

この本では、まず自分の嫌いなところを書き出して、その嫌な部分を裏返したものを、自分のキャラにするというやり方が紹介されています。

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やってみました。

松田和幸の場合と山口ベーカリーの場合で書き出しました。

文字テキストに打ち直すのは、後日やります。

山口ベーカリーというのは、直感でつけた理想の自分の名前です。

 

というわけで、これからそういう自分になるべくいろんなチャレンジを続けていきます!

続けることを頑張ります!

乞うご期待!

ライオンと剣の国の冒険①『取り戻す旅』

それは、自分を取り戻す旅だったように思う。

日常のなかですっかり習慣になってしまった、自己嫌悪と自己否定によって失われた、自分を。

 

 

西都を経由してニゴンボに降りたぼくたちは、右も左もわからないまま、タクシーに乗り込んだ。

時刻は22時。

夜が早いスリランカの街は、すでに眠っていた。

 

突然だが、空港で拾うタクシーの運転手には、ぼったくられることが多い。

きゃぴきゃぴの観光客に見られてぼったくられるのが大嫌いなぼくは、代金を慎重に交渉した。

3000ルピーで手を打ったものの、後からゴネられる可能性を危惧したまま、スリランカの街を滑っていく。

 

初めて見るスリランカの街は、意外と都会だった。

高速道路がドンとあり、ドミノピザやケンタッキーなどのチェーン店も多くある。

日本の車会社もところどころに進出しており、知らない土地で多少の安心を感じられた。

 

そうして街を眺めて40分ほどすると、ホテルに着いた。

先の危惧は杞憂で、タクシーの運転手は言った値段を受け取った。

インドに近い国のタクシーだったため、その素直さは意外だった。

この国の人は優しいのだと、その時思えたほどだ。

 

ホテルに入ると、小太りのシンハラ人とサリーを巻いたおじいさんが迎えてくれた。

「遅くなってごめんよ」と言いながら、チェックインを済ませる。

ネットで調べた限り、安いことしか取り柄のなさそうなホテルだったが、部屋に案内されると、なかなか良いホテルを選んだなと安心した。

 

部屋に入ると、シングルベッドが2つ並び、セイロンティーのティーパックと湯沸かし器が置いてある。

風呂場は大理石でできているようで綺麗だし、お湯も出る。

そして何より、ベランダが良い。

住宅街のなかにあり、スリランカの人々の生活を眺められるようなベランダだった。

このホテルはまさに、スリランカ旅を始めるのにぴったりだった。

 

ここから、ぼくたちの旅が始まるのだ。

ぼくらはタバコを吸いながら、これから出会う景色に胸を膨らませ、笑い合った。

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ライオンと剣の国の冒険 4話目『夜風に吹かれて』

旅に出ると、何かに導かれて街に出かける夜がある。

今日もまた、そんな夜だった。

 

 

スリランカ人はおすすめしないけれど最高の街、クルネーガラをバスで出発したぼくたちは、国際空港があるネゴンボを目指した。

乗り合いバスに揺られながら、どこもあまり変わらないスリランカの風景を見ながら、約2時間経った頃。

ぼくたちはキリスト教徒の町に降り立った。

土地や建物の雰囲気からして、『町』という漢字を使いたくなる場所だ。

 

スリランカには、ムスリム教・仏教キリスト教が、それぞれ違う地域に根付いている。

世界的に有名なのはダンブッラやキャンディにあるような寺院だが、モスクや教会も多くある。

しかも宗教徒たちは寛容で、誰でもモスクや教会にまで入れるようだ。

ぼくは今日、モスクでムスリムに混ざってお祈りをした。

この3宗教は厳密に区分けされてはいないようだが、キリスト教徒の町にはイエス様やマリア様の像があり、仏教徒の町にはブッダの像がある。

同じ人種のはずなのに、信じる神様が違うからか街の雰囲気や人柄がガラっと変わるからスリランカはおもしろい。

 

バスを降り、ぼくたちは予約していた1300円の安宿に向かった。

『Radis homestay inn』という宿だ。

オーナーが気さくで、ホームステイの名の通り、人の家に泊まっているような感覚を味わえる良い宿だ。

シャワーからは、ティーを淹れられるほどのお湯も出る。

着いたのは夜の8時頃だったので、オーナーに誘われるままホテルでビールを飲み、夜食を食べた。

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スリランカのどこでも食べられるフライドライスもコットゥも、スリランカのどこよりも辛くなくて食べやすかった。

ぼくたちが日本人だと聞いて配慮してくれたのだろうか。

そう思わせてくれるようなオーナーの人柄と、イギリスの港町を思わせる風景のおかげで、スリランカ旅史上最高の食事だった。

 

バスを降りてからずっと夜のネゴンボを歩きたかったぼくたちは、食事を終えてさっそく出かけた。

行く先は海だ。

徒歩10分ほどの場所にあるので、夜の海と波の音、そして星が輝く風景を楽しみにしながら歩いた。

気温は自信をもって快適だと言えるほどで、なにより そよ風が気持ちいい。

散歩しないで何をするんだと思ってしまう道だった。

 

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しばらく歩いて、海に着いた。

星は見えなかったが、男2人でタバコをふかせながら眺めるには最高の海だった。

とはいえ向こう岸のせいで水平線までは見えず、どうせなら向こう岸に行こうとさらに歩く。

人間の家を守っているらしい野良犬たちに吠えられながら。

ワンワン吠える彼らを諫めながら角を曲がると、バイクに腰かけてタバコを吸っているお兄さんに声をかけられた。

「Where are you going?」

お決まりのフレーズに、ぼくはこう返す。

「Go to the beach」

「No beach near here. Do you like music?」

「Yes,why?」

「Near here,there is a concert. We can dance,sing on there.」

「Like a club?」

「Yes. Do you like a club?」

「Yes,I like.」

「Good.You will be enjoy there.」

どうやら近くにクラブのような踊り場があるらしい。

それを聞いた瞬間、行くことは即決した。

スリランカのクラブに興味がわいたからだ。

クラブが苦手な友人は気乗りしていなかったが。

とはいえまずはビーチに行きたかったので、ないと言われても水平線を探しにいった。

その途中で、思わず「Great...!」とつぶやいてしまう町並みがそこにあった。

 

そこはただの住宅街だったのだけれど、並んでいたのは、洋風な装飾が施された裕福そうな家だったのだ。

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スリランカに来て初めて、異文化の混ざったスリランカを見れたようで嬉しかった。

こういう『その場所でしかみれないオリジナルの風景』が好きなのだ。

だから、沖縄のアメリカンビレッジも好きだ。

スリランカで初めてスリランカの歴史が見える場所だったので、一人で興奮しながら歩いた。

誰も行かないような細道まで楽しんだ。

 

結果としては、その先に海はなかったのでクラブに行くために引き返すと、さきほどのお兄さんがいた。

どうやらお兄さんもクラブに行くらしく、バイクに乗せていってくれるとのこと。

「Is it free?」と聞き、「Yes」と答えるその言葉に甘えて3ケツでクラブに向かった。

 

 

 

そこは、クラブというにはあまりに広く、何より屋外だった。

日本のクラブを思い浮かべていたぼくは、想像をはるかに超えてきたその光景に、思わず叫んだ。

 

「Fantastic!!!!!!」

 

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そこは、元刑務所の空き地を使ったコンサート会場のようだった。

 遊園地の遊具もあり、よくわからないけど楽しいことだけはわかる、そんな場所。

家族連れも多く年代もバラバラで、みんなで音楽を楽しんでいるようだ。

周囲には出店も多くあり、ちょっとしたお祭りだった。

お兄さん曰く、ライブをしているのは『Arrow star』というスリランカのバンドらしい。

ヒンドゥーっぽさがありつつ、ノリのいい曲に体を揺らせながら楽しんだ。

 3人で気持ちよく踊っていると、近くの子どもが寄ってきて一緒に踊った。

ブルーノマーズのPVのような踊りをする少年だった。

それからぼくたちと同じくらいの年代の青年2人組も寄ってきて、一緒に踊った。

踊りながら、吸っていたタバコを交換した。

 

そのまま一緒に踊っていると、片方の青年がいろいろ聞いてきた。

「Where are you from?」

「What's your name?」

「How is this songs?」

それらに順当に答えながら踊りを続けていると、こんなことを聞いてきた。

「Did you drink?」

すでにホテルでビールを飲んでいたので「Yes」と答えると、彼は続けてこう言う。

「Shall we go outside?」

 

連れ出されようとしている。

それはわかった。

でもそのときはなぜかよくわからなくて「Why?」と聞き返すと、いいから外行こうよみたいなことを言ってくる。

しかしちょっと考えると、意味がわかった。

 

ぼくはナンパされているのだ。

いやとなりを見ると、”ぼくたち”だった。

彼らはゲイで、この状況にいるぼくたちは、受けの立場なのだ。

タバコを交換したのは、自分がゲイであるという証しだったのだ。

ぼくはゲイの人たちが手をつないでいるのを微笑ましく思うし、男同士で付き合ってはいけないなんていう意味のわからないルールに負けずに、存分に幸せになってくれと思っている。

フィリピン人のゲイにキスされたとき、悪くはないなと思った。

しかし今この状況で連れ出され、ローションもないようなところでそっちの初めてを失いたくはない。

痛いのは嫌なのだ。

しかも出会ったばかりで、満足に意思疎通ができないやつらに掘られるのは怖すぎる。

 

今まさに食われようとしているとわかったので、踊りたいからここにいると言いつつ誘い文句のジャブを避けた。

しかし完全にぼくたち2人をターゲットにしているのか、激しくボディータッチをしてくる。

友人なんてラブソングらしいバラードを、目を見つめられながら歌われる始末だ。

 

『こいつらはすでに、妄想の中で射精している』

 

それを悟った瞬間、ぼくと友人はアイコンタクトでうなずき、2人組に帰るねと告げた。

しかし彼らはなおも食い下がり、ぼくの腕をつかみあと5分だけと言ってくる。

とにかくぼくたちは、できることなら永遠にノンケでいたいので、無理無理もう帰らなきゃと言いながら、手を振りほどいて足早に立ち去った。

スリランカのコンサートもゲイのナンパも、その他すべても初めて尽くしの、良い夜だった。

 

夜の海風に導かれ、スリランカの夜に入りこめたことを幸運に思う。

ぼくたちは夢を見なきゃ生きていけない

現実を現実のまま受け止めて生きていくにはしんどすぎる。

ただ過ごすだけの毎日はつまらない。

目の前のやるべきことに向かわなきゃいけない事実にため息がでる。

 

だからぼくたちは夢を描くし、夢を見る。

目の前のやるべきことは、将来の夢を実現するための一作業に置き替える。

自分の日常を他人と比べ、それでも自分の方がと妄想をする。

事実の解釈を変えて、受け止めやすくずっと見ていられる夢にする。

 

ぼくたちに生きようと思わせてくれるのは、夢だ。

こうなりたい、こうしたい、そんな夢がある間は、元気に歩いて行ける。

 

 

 

 

 

そして、事実に気付かされた瞬間、死にたくなる。

ぼくらを取り巻くクソッタレな何かを殺すために記事を書く

中学生の頃は、殺し屋になりたいと思っていました。

殺したい人を代わりに殺す人。

とくに、理不尽を押し付けてくる人間をぶっ殺したいと思っていました。

自分には、そいつに逆らう力も対抗する力もないけど、殺したいほど憎いことをされたから殺してほしい。

そんな要望を叶えられる人間になりたかった。

理不尽を押し付けられる憎しみは理解できるから。

とはいえ一般的な倫理観を入れられた僕には、とうとう一人も殺すことはできませんでした。

そもそもビビりですし。

そんなこんなで自分のなかの黒い本質のようなものに蓋をしながら生きてきたのですが、最近自分について考えていくうちに、この黒い部分と向き合わざるを得なくなってきました。

というか、今までの笑顔や明るさは、社会で可も不可もなくやっていくためにだけ身に着けた仮面なのではないかと思ったのです。

・・・あぁ、自分は自分で思っているより歪んでたんだなと、少しだけ悲しかったです。

自分の本当にやりたいことを見つけた気がする感触もあったので、多少の嬉しさもありましたが。

 

さて、とはいうものの、大人になった僕は『人殺し=犯罪』という法律に守ってもらっています。縛られているともいいますかね?

だから肉体的に殺しはしません。

ただ、自分が押し付けた理不尽と同等の、理不尽と憎しみと悲しみと怒りと絶望を自分も受けることで償ってもらいます。

とくにレイプしたやつとかね。自分の失敗を下の人間に押し付けてやり過ごしたやつとかね。

 

あとはこう、現状に悪影響を与えてる周りの諸要素を殺したいです。

そんなことを考えながら記事を書くのが一番楽です。

 

そういう意味では、苦しんでいる小さな声に救いを与えられる人間でありたいなと思います。

ジャーナリストになろ。